長嶋茂雄

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    1: 風吹けば名無し 
    2018/06/02(土) 03:28:12.79 ID:3wjH68eZ0.net [1/1] AAS


    1 左 頭をバットで殴る(張本勲) 
    2 中「うるさい!」と一喝(大杉勝男) 
    3 三「バッティングフォームおかしいんじゃない?」と言われ、修正して本塁打(長嶋茂雄) 
    4 三「スライダーを投げる」といい、ストレートを投げさせ被弾→「本当にスライダーを投げちゃダメじゃないか!」 (長嶋茂雄) 
    5 三「またニンニク食べたの?」(長嶋茂雄) 
    6 一 集中力で聞こえない(王貞治) 
    7 右「ヤマの張り合いをしよう」といい、球種を言い当て最後に本塁打(高井保弘) 
    8 二「先にあいつを殴れ」と指令(西本幸雄) 
    9 投 オーラでつぶやけない(榎本喜八)

    【ノムさんのささやき戦術への名打者の対策で打線組んだ】の続きを読む

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    nom019-jpp016905286

    1: 名無し募集中。。。 2019/02/18(月) 01:38:23.41 0  []
    過去の大打者って意外と小さいんだね 
    それ以下の実力の大谷とか柳田とか松井とか木偶の坊すぎるでしょ

    【長島茂雄178cm王貞治176cm野村克也175cm落合博満178cm門田博光170cm衣笠祥雄175cm】の続きを読む

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    m_dailyfield-20180108003
    https://news.goo.ne.jp/picture/entertainment/dailyfield-20180108003.html

    nom019-jpp07320829

    1: 砂漠のマスカレード ★ 2019/01/28(月) 08:37:33.28 ID:2HE8skpd9 (1/1回レス) []
    ――選手として27年、監督として24年、球史に数々の功績を残してきた野村克也氏(83)。 
    昨年末に放送された『プロ野球総選挙』(テレビ朝日系)では、「球史に残る名監督」部門の1位にも選ばれた、まさに“日本球界の宝”だ。 
    そんな野村氏を作り上げたもの、それは「長嶋茂雄」「王貞治」という2人のスーパースターへの“ライバル心”だった。 
    野村氏はONを、どのように見てきたのか? 今、改めて語ってもらった。 

    野村克也(以下、野村):プロ野球の長い歴史の中で見ても、ONほど天性の才能があって、なおかつ人気までも兼ね備えた選手はいない。 
    そんな2人が同時期に同じチームにいたんだから、そりゃあ、相手チームはたまったもんじゃないよ(笑)。 
    マネしようとしたってできないし、今後もONのような選手が出てくることはないだろうね。 

     彼らが素晴らしいのは、ただ優秀な成績を残すだけではなく、“チームの鑑”だったこと。 
    当時、巨人から南海に移籍してきた選手が、こんなことを言っていたんだ。 

    「長嶋さんや王さんは、試合でも練習でも絶対に手を抜かない。そんな2人を見て“自分たちは、もっとやらなければ……”と、みんな思っていましたよ」 

     中心選手が率先して行動すれば、それによって士気が高まるし、チーム力も上がる。そんな彼らの野球に対する真摯な姿勢が、巨人のV9達成につながったのは間違いないよ。 

    ――アマチュア時代からの注目選手で、そのまま巨人のスターとなったON。片や日の当たらないパ・リーグの南海にテスト入団し、必死の努力で一流選手へとのし上がった野村氏。 

    彼らが歩いてきた野球選手としての道は、とても対照的なものだった。 

    野村:ONはどう思っていたか知らないけど、俺は常に彼らをライバル視して、「負けてたまるか!」という気持ちを抱いていたよ。 
    特に王に対しては、同じホームランバッターとして強く意識していた。 

    王は俺の価値を下げた男だからね。もし王がいなければ、本塁打と打点の通算記録は、今でも俺がトップだったんだから(笑)。 
    俺が作った記録は、ことごとく王に塗り替えられた。 

    シーズン本塁打記録(52本)を破られたときは、悔しさしかなかったな。俺が達成したのは1963年。シーズン最終戦の最終打席だった。 
    その時点で、すでにタイ記録はマークしていたけど、不名誉な記録を残したくないのか、相手投手は全然勝負してこなかった。 

    ボールばっかり投げてきて、さすがに俺も、「この野郎!」って頭に来てね(笑)。ボール球でもお構いなしに、思いっきり踏み込んで打ったんだ。そしたら、弾丸ライナーがスタンドに突き刺さってホームラン。 

    シーズン記録の更新は13年ぶりで、「これで10年は抜かれることはないな」なんて勝手に思っていたら、その翌年だよ。王が、あっさりシーズン55本塁打を打ったのは……。 

    ――三冠王を二度達成した世界のホームラン王は、“キャッチャー野村克也”にも火をつけた。戦うリーグは違えども、野村氏は王氏を抑えるべく、徹底的に研究を重ねた。 

    野村:王のバッティングをひと言で言うなら“合気道打法”だね。バッターボックスに入っても、配球や球種は一切読まない。 
    相手のピッチャーの一挙手一投足にすべての神経を集中させ、来た球をただ打つのみ。 

    ホームランバッターに対する配球のセオリーは、長打警戒の外角低め。でも、王の場合は、それが危険な攻め方になるんだ。 
    王は、外角からボール1、2個分、中に入ったところを最も得意としていて、外角に投げても、ちょっと甘くなれば必ず打たれてしまう。 

    つまり、外角攻めは一番リスクがあるし、王のペースにハマってしまうことにもなる。だから、王はインコース主体で攻める。 


    2019.01.27 17:15 日刊大衆


    王貞治ホームラン集
    【【野球】野村克也インタビュー「王の弱点は1年目から見抜いていた」】の続きを読む

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    nom019-jpp08490047


    1: 2019/02/02(土)14:46:46 ID:Fxg (1/1回レス) []
    これは聖人ですわ
    【男野村克也、武士の情けで銭湯の粗👶👶エピソードの選手を匿名とする】の続きを読む

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